ニューヨークのレーベルとレコードリリース契約した話|営業方法や英語はどうしたのか?

ニューヨークのグッゲンハイム美術館のイラスト画像

ハウスミュージックを作る僕は、なんとか自作曲を完成させてニューヨークへ旅立ちます。

さて今回のニューヨーク旅では、レコードリリース契約をとりつけることはできるんでしょうか?

この記事では、僕が大先輩コサカイさんとニューヨークに二度目の旅をして、レコードレーベルに営業したシーンを中心に最終的に音楽活動をどう終えたのかを書いていきます。

着飾りなしで事実を書いてますので、参考になれば。

自作曲が高評価された

ニューヨークに旅立つ日、成田空港で飛行機を待っている間に大学の先輩であるコサカイさんとイノウエさんに自作曲「Searchi’」を聞いてもらいました。

二人の反応は・・・?

コサカイさん「リリースおめでとう」

まじですか!

そんな評価もらって良いんでしょうか。

いやでも手応えがあったのは事実。

自信持って出発できます。

見送りにきてくれていたもうひとりの先輩・イノウエさんは、普段は超辛口・毒舌です。

しかし、

「聞き所もたくさんあって、展開も豊富。繋ぎやすい長さで、かつ飽きさせない長さ。売れるかもよ。」

という、音楽知識とセンス抜群の人たちから評価してもらって本当にテンション上がりました。

あとはどうやってDJやレーベル関係者と会うか、です。

レコードを出すため営業はどうする?

ニューヨークに着きました。

今回は、前回の大半の期間宿泊した「友達旅館」近くのホテルで最初の夜を過ごすことに。

例によって計画は全てコサカイさんがやってくれました。

通常、師匠と弟子のような関係の二人が長旅をする場合、弟子のほうが率先して手配とか頑張るものですよね。

僕は温室育ちでそのへん全く心得ておらず、コサカイさんも非常に優しいのでこのような関係性だったんです。

いつか本当に恩返ししないとですね。

さて、営業ですが、クラブシーンで売れる曲を出すためですから、まずはクラブへ行きます。

イベント開催情報をフリーペーパー「Time Out」でチェック。

Time Outにはクラブイベントだけでなく、ミュージカルや演劇などの舞台、文芸作品やレジャーまで、ありとあらゆるニューヨークのエンターテイメント情報が載っているので、ニューヨークに旅行した際にはまっさきにゲットすると良いですね。

無料だし、街のいたるところで配布してます。

クラブ営業に行く場合は、お目当てのイベントをピックアップして、渡すDJがプレイする時間をめがけて行くわけです。

まず向かったのは日曜日の午後から夜にかけて開かれている「ボディ・アンド・ソウル」でした。

ボディ・アンド・ソウルはダニークリヴィット、ジョークラウゼル、フランソワケボーキアンというニューヨークアンダーグラウンドハウスの大御所三人が開催していた伝説的イベントで、日本でもベルファーレで公演するほどの人気がありました。

現在はもう終了してます。

会場はバイナルという老舗クラブ。

バイナルって聞き慣れないですが、ビニールっていう意味です。

ビニールは英語で「Vinyl」と表記するんですが、よみは「ヴァイナル」となります。

アナログレコードの事を英語でVinylっていうんです。

素材がビニールだからですね。

今はCDやUSBメモリーに入れたデータをCDJでプレーするDJが増えていて、PCでやる人もいます。

ですがやはりプレイヤーの針がレコードの溝を滑る音や、ホコリのノイズを拾う感じが僕は好きですね。

ボディ・アンド・ソウルではほぼ全曲アナログレコードのプレーで、音もメチャクチャ良かったです。

ただし、DJ陣のプレーには他には無い特徴がありました。

ボディ・アンド・ソウルはイコライザー地獄

ボディ・アンド・ソウルでは三人のレジデントDJが順番にプレーするんですが、それぞれみんなハウスミュージックにおいて世界的に有名な人ばかり。

当然、全世界からオファーがあって日本にもよく来ます。

三人はチームではなく、個人で活動してますんで、通常他の場所でDJする際には一人でロングプレイするわけです。

リリースされたばかりの曲から、長く人気のあるヒット曲、70年代ソウルの名盤まで幅広くプレーして、選曲や曲順、繋ぎに至るまでセンス抜群で5時間ぶっ続けのプレーの間、観客は休み無しで踊り続けることも。

しかし、三人が揃うこのボディ・アンド・ソウルでは、他の場所でのプレー時にはあまりやらない遊びをするんです。

それは「トゥーマッチ・イコライジング」。

イコライジングとは、音の高温域・中音域・低音域のレベルを上げたり下げたりする「調整」ですが、ボディ・アンド・ソウルのDJはそれをプレーの中で激しく変化させます。

特に曲のサビの8拍手前で低音域をいっぱいまで絞り、サビの1拍目で戻すというのが基本です。

このようなイコライジングをプレイ中、レコードを選んでる時間以外は常にやりっぱなし。

はじめて訪れたお客さんはみんな驚いてました。

近くにいたイギリス人男性は「How Terrible DJ he is」なんて言ってました。

正直、彼らのファンである僕でさえも、このイコライジングは度を越してると感じたんです。

ところが・・・

オープンからクローズまでいると、不思議とこのイコライジングが楽しくなってきます。

そして、来週また来たいと感じるんです。

癖になるというか。

自分がDJする時に、こういうイコライジングを今でも時々真似してやったりしますよ。

それだけすごい衝撃だったということですね。

アンダーグラウンドハウスとは?

この記事内で、時々「アンダーグラウンドハウス」と言ってますが、どういうことでしょうか?

正しくは「ニューヨークアンダーグラウンドハウス」ということなんですが、どういうものかというと、生楽器の音を活かしたポップな曲や、渋いリズムメインの曲の事を言います。

ポップスに近い、かなり華やかな明るめの歌ものハウスもアンダーグラウンドハウスです。

なんだか言葉のニュアンスから似つかわしくない感じがしますよね。

なぜアンダーグラウンドというのかというと、オーバーグラウンドがあるからです。

この当時ニューヨークで全盛だったのは、いわゆるニューヨークハードハウスというものでした。

生楽器の音ではなく、機械的な音中心に作られた曲で、激しく攻撃的な印象の曲が多いです。

ハードハウスのほうが圧倒的に人気があったために、そちらがオーバーグラウンドで、ディープハウスやダンスクラシックスはアンダーグラウンドと言われていたのでした。

ちなみに僕の先輩であるコサカイさんはハードハウスを作ってました。

ですが派手派手な感じではなく、渋くてミステリアスでおしゃれな感じのハードハウスです。

クラブイベントでDJにCDを渡す

ニューヨーク滞在中、クラブに行くメインの目的は「営業」でした。

当然、最新のトレンド調査もありましたが、あくまでCDを渡すミッションが最優先。

ボディ・アンド・ソウルではレジデントDJの三人に渡しました。

さすがにその場で聞いてもらうことはできませんが、持ち帰ってスタジオなどで聴いてもらえればという感じです。

他に目星をつけてたのは、サブリミナルレコードを主催するエリックモリーロの出るイベントでした。

サブリミナルレコードは、当時フィルタードハウスを数多くリリースしていたレーベルです。

ややハードなテイストの曲が多いですが、僕のSearchn’もフィルターをけっこう使っていたので、制作段階からもしかしたらサブリミナルに合うかも?と思ってました。

イベントの名前は忘れましたが、ディープハウス中心のイベントに出演していたエリックにCD渡しましたよ、その時彼が掛けていたSTETSASONICの「TALKIN’ ALL THAT JAZZ」がかっこよすぎてあやうくミッションを忘れそうになりながらも。

あとは踊ったりしながら少し飲んで過ごして、宿泊先に戻るという感じです。

あまり朝帰りはしませんでした。

本文は「営業」なので。

そして日中はせっかくのニューヨークですから、観光もしましたし無駄に体力を消耗すべきじゃないですからね。

コサカイさんとは常に一緒に行動したわけではないんです。

時々別行動しました。

一人で観光したり、クラブに行ったりも。

宿泊先は前回と同じように、途中から友達旅館に移っていました。

この友達旅館ですが、経営者はアメリカ人のジョンです。

ジョンは日本が好きなようで、ホテル名を友達旅館としただけでなく、客層も日本人旅行客中心でした。

もちろん他の国の人達もいましたが、日本人率60%くらいだったと思います。

友達旅館は、ホテルといっても個室はなく、二段ベッドが一部屋に数台あるドミトリーのような感じでした。

一応男性と女性は部屋が別れてましたが、自由に行き来でき、キッチンとお風呂は共用。

中には現地で出来るカップルもいたとか。

僕とコサカイさんにも友達旅館で友達ができましたよ。

毎日のように外出して営業や観光してましたが、ホテルに戻ると友達がいて、今日はどこへ行ったとか何をしたとか、食事を一緒にしながら話すんです。

旅行先ででかけて、滞在先に帰ると友達が待ってるってあまり無いですよね。

長く滞在していると、そこが家のような気持ちになります。

ただ、この家は今はもうありません。

寂しいですが。

一時、友達旅館はマンハッタンから車で2時間位北へ行ったあたりに引っ越したという情報がありましたが、現在はどうしているのか分かってません。

ですがニューヨークは日本人に人気の旅行先です。

必ずどこかに日本人のたまり場的な場所があるでしょうね。

また機会があれば調べてみたいと思います。

レーベルに出向いてCDを聴いてもらうよう交渉

レコードデビューに向けての営業は、DJ以外にレーベル事務所にも行きました。

ニューヨークの地下鉄のロゴをあしらった感じのデザインの某レーベルです。

担当者はいましたが、その場で聞いてくれはしませんでした。

僕はそれほど長くNYに滞在しないので、できれば今聞いて欲しいと英語でなんとか言ったんですけどね。

後日返事をくれるということでしたが、どんな返事が来たか覚えてません。

ただ、発展しませんでしたね。

ということで、いくつかのレーベルに足を運んで、DJに直接渡したのと合わせて20枚程度あったCD-Rは数枚を残したのみになり全行程終了しました。

こういうとき、営業が得意な人なら初日に全部配り切っちゃうんでしょうか。

2周間の滞在で、僕は全部は配れなかったです。

帰国後に待っていたこと

日本に帰ってきました。

メールを開くとそこには見慣れない英語の送信者名が。

Melvin Moore

メルビンムーア?

知らない・・・

誰でしょうか?

本文を読むと、なんとエリックモリーロのサブリミナルレコードの担当者でした。

デモがすごく良いのでもし他で決まってなければ、サブリミナルでリリースしませんか。

そう書いてあります。

びっくりしました。

まさか本当にこんな展開になるなんて、信じられません。

ニューヨークのレーベルと契約しちゃった

メルビンからのメールには契約しましょうという驚愕の文言が。

二つ返事で「ぜひリリースしたい」旨を伝えると、条件設定の段階に。

金額を提示しろと言うんです。

困りました。

相場がわからないからです。

ニューヨークで知り合ったヤマシタさんというサウンドエンジニアの日本人に電話で相談すると、最近の新人の相場は1000ドル、つまり10万円くらいだけど、2000でふっかけたらどうか?といことでした。

ただでさえ英語分からなくて不安なのに、「ふっかける」なんてできるんでしょうか?

でも自分で判断できないから相談したんですから、素直に2000ドルで提示してみました。

Melvinの返事は、なんとOK。

「契約書を送るからFAX番号を送ってくれ」

契約書にはエリックのサインがすでに書かれており、その下に僕のサインを書く欄が。

メチャクチャゆっくり筆記体でサインしましたよ。

躍動感なし。

でもそんなこと気にしてられません。

FAX返信して、無事届いたのか不安でしたが、

OK、じゃあレコード作成に回していいか?メールが。

「OK、よろしく」

この一言を返しておけば全てOKだったんですがね。

ここで何故か、本当、何故か

僕の方から「ちょっと待った」をしてしまったんです。

本当、今考えても人生最大の失敗だったと思います。

蛇足とはこのこと

蛇足って言葉を知ったのは小学校の頃。

蛇の絵を速く書いた方がお酒を飲んで良いみたいな中国の物語でした。

先に蛇の絵を書き終えた人が、まだ余裕があったので蛇に四本の足を追加しようとしました。

その足を描き終わる前に、相手が蛇(足なし)を書き終えたんです。

そのため、お酒をとられてしまったという話でした。

余計なことをしたために勝利(成功)を逃すという、故事ですね。

僕は完全に蛇足をしましたよ。

なんと、レコード制作に回す前に、サラウンドをもう少しクリアにしたいという注文を出したんです。

実は最終工程で全体的にコンプレッションエフェクトを掛けたため、サラウンドがフラットになりすぎたんです。

つまり、左右のスピーカーから出す音を分けていたのに、ほとんど全ての音が同じように出るようになってしまっていたのでした。

それを、コンプレッションを解除して、またサラウンド感豊かにしたかったんです。

メルビンは快く「じゃあ、気に入った音になったらすぐ送ってくれ」と言っていました。

ところが、なぜかそれに時間がかかってしまいました。

コンプレッション解除してもどういうわけか、左右のパン振りがうまく機能しないんです。

当時はまだオーディオレコーディングができ始めたころ。

MiDiメインでした。

つまり、音を全て外部の音源からミキサーに集めて鳴らしていたんです。

そのミキサーから出るマスターアウトをハードディスクレコーダーに入れ、その音源にコンプレッサーを掛けていました。

ミキサーからのアウトは問題ないんですが、HDRからの音がイマイチです。

焦りましたね。

HDRを再起動しても調子は変わらず、もしかして故障かな?と思うほど。

故障だとすると、何ていうタイミングなんでしょうか。

とにかくこのままじゃ、「音が対して変わってないのに、こんなに時間かけやがって」と思われてしまう・・・

どうにかHDRを諦めて、ミキサーから直接CD-Rに録音し直しました。

それを郵送でニューヨークのサブリミナルに送ったのでした。

ですがもう物事は一旦ストップするとうまく行かないものなんですね。

エリックから直々に電話が。

電話だと、ただでせえ分からない英語がもっと聞こえません。

何度も何度も聞き直したり「ゆっくりしゃべって」と言って、ようやく要件が分かりました。

「もっとサブリミナルのサウンドに合うようにアレンジできない?」と言ってきたんです。

もちろんやりますと言いましたが、具体的にどこをどうすればいいのか・・・

コサカイさんにも相談しましたが、やはりエリックのセンスに合うようにどうアレンジしたら良いのか謎です。

そこで、もう自分の感覚に任せるしかないと考えました。

サブリミナルっぽくない部分はどこか?

強いて言えば、イントロから続くリズムですね。

少しトライバルな感じのパーカッションが入ってるんです。

これをよりシンプルな感じに変えて、サブリミナルの曲に多い、力強いハイハットを入れてみようとしました。

今考えれば、最近のサブリミナルのレコードからサンプリングすればよかったかもと思いますが、どうにかこうにか形にしたものを再送したんです。

ですがエリックからまた電話。

今度はちょっとよくわからない、何かの要求がありました。

でも正直もう英語分からなすぎて疲れちゃったんですよね。

それで、分かってないのに、「イエス」って答えたんです。

もうお手上げ。

電話は切りましたが、もう終わったなという気分。

コサカイさんやヤマシタさんに報告するにも、英語がわからなくて・・・くらいしか言えない始末。

その後、エリックからメールで、「契約を無かったことにしよう」という連絡が。

向こうの気持ちも分かります。

言葉が伝わらず、指示したことと全く違った対応をしてくるようなアーティストとは契約できません。

でも、それでも悔しい・・・

せめて言葉が完璧なら、早い段階で「やっぱり今のバージョンで良いからレコード作っちゃってください」って言えたのに。

これは今でも本当に後悔してます。

英語は大事|行動力はもっと大事

レコードデビューという夢がほとんど叶った状態から、一気に転落した僕は、猛烈に後悔しました。

もっと積極的に英会話頑張っておけばよかったとか、外国人の友達をたくさん作るべきだったとか。

これ、もっと根本的に考えるべきですね。

英語はとにかく大事です。

ただ、もっとあがくべきだったとも思うんですよね。

他のレーベルに送るっていうのもできたはずです。

単に行動力が足りなかったと思います。

もっと自分の夢を、力強く追いかける姿勢が足りなかったなと。

英語は大事ですが、もっと激しい熱意をもって行動することで、言葉を超えた気持ちを伝えることもできたかもしれません。

これは自分の中で大切にして、活かしていきたいですね。

ということで、音楽活動するために上京した物語はここまで。

今後しばらくは東京にいましたが、いずれ地元の静岡に戻り、建築設計の現場に飛び込むことになります。

その時の話はまたいつか。

最後まで見ていただき、ありがとうございました。

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