社会人になって音楽活動に専念しようとした話|仕事との両立方法や作曲方法も

DTMをする男性のイラスト画像

東京で音楽活動をすることを目的に一浪して大学に入学しました。

一緒にニューヨークに行った先輩、コサカイさんが現地でレコードデビューの話を取り付ける現場に立ち会ったことで将来の目標が明確に。

大学の進級試験が重荷になっていたことや、実家の財政危機などの理由も重なり、2年生終了とともに大学を退学することになったんです。

ここでは社会人としてバイトなどで生計を立てながら音楽をやっていく中で直面した問題と、曲作りについて書いていきます。

そして二度目のニューヨークへの出発。

時給1200円の深夜郵便局バイトで生活できるのか?

大学をやめた僕は、以前からやっていた郵便局のバイトは続けていました。

深夜の郵便物の仕分けと、7桁の郵便番号ごとに機械で自動仕分けされたハガキのエラー分の処理をする仕事です。

郵便物は郵便局で集荷され、地域ごとにあるコアとなる大型の郵便局に集められます。

僕が住んでいた世田谷区では、世田谷郵便局や成城郵便局がそれにあたりました。

こういった大きな郵便局は24時間可動してるんです。

僕は成城郵便局で22:00〜翌朝6:00まで勤務。

途中、2:00〜3:00は休憩があります。

カップ麺やお菓子を大量に買い込んで、休憩時に食べるのが日課でした。

3:00以降は非常に眠く、とにかく終わるまでキツかったですね。

仕事内容は1時間毎に定形・定形外の郵便物の仕分けと、郵便番号入力端末での作業の繰り返し。

仕分けは、カゴに入った大量の郵便物を、住所ごとに別れた棚に一つずつ手で入れていく作業でした。

郵便番号の入力作業は、スキャンされたハガキをモニターで見ながら、専用端末で行います。

パソコンのテンキーを打つのとほぼ同じ感じでしたが、慣れないうちは手元とモニターの両方を見ながら入力するので非常にスピードが遅かったですね。

ですがコツを掴むと、手元を見ずにモニターに次々と映りだされるハガキだけを見ながらどんどん入力できるようになりました。

入力が速くなってくるとこの作業が楽しくなり、だんだんと職員の人たちよりも速くなっていったんです。

このテンキーのブラインドタッチはその後の仕事にも大いに役立ちました。

テンキーだけを集中的に練習する機会は中々ないですからね。

この頃の郵便局の深夜バイトは時給1200円。

仮に週5日出勤した場合、月給16万円〜18万円程度になります。

アパートの家賃6万円と光熱費を支払っても十分行きていける計算ですね。

しかし、この深夜のバイト、意外と大変です。

作業自体は簡単でしたが、毎日夜中に起きてるのって体にかなり負担になります。

朝から夕方まで寝ることになり、起きてから夜のバイトに出かけるまでの間、食事したりテレビ見たりしてダラダラしてしまうんですよ。

基本的に体が疲れてるし、昼間働くほうが良いんじゃないか?と感じてきました。

大企業のバイトは高時給でラクだった?

地元から幼馴染が同時期に上京していました。

幼馴染のコウちゃんは法政大学に現役で入って、地元へ就職がほぼ決まった状態。

大学生の間やっていた某企業のバイトの仕事を僕に紹介してくれました。

三井物産の子会社で、電話回線や携帯電話端末などを販売している通信系商社です。

場所は飯田橋にありました。

この会社で事務の仕事をすることに。

仕事内容は営業社員がやっている日々の業務のサポートです。

オフィスのなんでも屋ですね。

いわゆる営業事務ですが、これがかなり僕には温室でした。

当時、マイラインという通信会社選択サービスが開始された頃で、NTT以外にもKDDI、フュージョン、東京電話といった会社が自社の回線の普及のために営業していたんです。

僕は東京電話のマイラインを販売する部署にいました。

東京電話はNTTの通話料金よりも2割程度安く電話できるということで、多くの事業所が加入していたサービスです。

毎日膨大な量の申込書が傘下代理店から届き、それを処理してキャリアに運ぶというのが僕の仕事でした。

処理はウィンドウズPCで行い、ネットワーク接続されたデータベースにACCESSを使用して直接入力していきます。

ここで大きく役立ったのが郵便局でのテンキー作業でした。

メチャクチャ速いわけです。

隣の派遣社員の人の数倍、いや10倍以上でしょうか。

営業マンの人たちはみんな目を丸くして僕の入力作業見てましたね。

ただし、数字以外の入力はまだ遅かったんです。

あくまで数字入力に特化した感じ。

この申込書の処理以外に、「試算表」の作成というのがありました。

ここで僕のテンキー能力が最大限発揮されたんです。

デスクにうず高く積まれた通信明細コピー。

これはマイライン申込みを検討している事業所が、いったいどれくらい安くなるかを確かめるために依頼してきたものです。

NTTの通話履歴から、通話先電話番号を入力していき合計金額の差額がいくらになるかを見るというもの。

一枚に百数十の電話番号が載っていて、その通話時間とNTT料金を入力していくと、自動計算で東京電話にした場合の料金が表示されるようになっていました。

この紙を数千枚入力していくんですが、普通の営業マンがやろうとすると、10枚やるのに1時間掛かる感じです。

もう埒が明かないわけですよ。

それを僕がやることで全部1日で終わるわけですから、これは提案するのも早くなり有利ですよね。

営業マンとしてはとにかく試算表の依頼をとりつけて、僕を確保して速く提案するというのが成績を上げる効率の良い方法なんです。

とにかく重宝されました。

僕がいないと仕事にならないような雰囲気。

こんなに簡単で大事にされて、朝から夕方までの良い時間のバイトの時給は1200円。

17:00以降は1500円くらいに上がりましたから、1日2時間くらい残業があったので月々25万円くらいになってました。

それでいて体力は十分残した状態で夜を迎えてましたから、音楽制作もできるはず・・・

ところがそうでもなかったという。

働くのが大変な理由

普通に働いてると、家に帰ってご飯食べてお風呂入ってテレビ見て寝ますよね。

僕もそうでした。

週末の夜はいつまでもテレビ見ていて、朝はいつまでも寝るわけです。

午後起きてご飯食べてテレビ見て、買い物に出かけて帰ってくると夜。

ご飯食べてお風呂入ってテレビ見て寝るじゃないですか。

これヤバいですよね。

音楽いつやるの?

長い休みがあれば・・・

それじゃあ普通のサラリーマンと同じじゃん。

やっぱり、いくらラクに感じた仕事であっても、すぐにその環境に慣れて普通になってしまう。

そのラクさがデフォルトになるから、それ以上大変なことをしなくなってしまうわけです。

じゃあ毎日行くんじゃなく、週3くらいにして週2〜3で音楽作れば?

でもそれだと生活できません。

月収はこれまでよりも高かったから、一応生活は余裕でしたが、貯金はなかったので。

つまり、お金のために働くのは作業量や難易度に関わらず大変だということです。

時間を費やすからですね。

雇われて働くというのは、時間を提供する代わりにお金をもらっています。

そこに能力や貢献度はあまり関係ないのかもしれません。

この辺に当時気づいていたらもう少し違った未来が待っていたんでしょうが、当時は自分で良い解決策を導き出すことはできませんでした。

とにかく音楽活動をやっていくしかありません。

どうやっていったんでしょうか。

音楽活動

僕がやっていた音楽活動は、ハウスミュージックを作ってニューヨークのDJやレーベルに売り込むというもの。

まずは作る必要があるわけです。

作ったらニューヨークに出向いてアポを取り、レーベルの事務所に持ち込んで聴いてもらう。

だからまず作らなきゃ。

でも日々の生活の中で、頭が音楽を作るモードに切り替わらないんです。

・営業事務の仕事
・音楽制作の仕事

これって本当に関係なさすぎて、脳みその全く別の領域を使う気がします。

僕は音楽制作をするために、2つの対策を試しました。

①音楽を作る前に1日休みをとる
②出来るだけ音楽を聞き続ける

です。

①は月収が下がるのであまり頻繁にできません。

ですが、まとまった時間を確保できるので、前半は頭の切り替えに使い、後半に音楽制作するという感じに使えました。

ただし、3連休で1曲作れません。

1曲作るのには、まとまった時間で1周間くらい欲しかったですね。

②は仕事中は無理なので、移動時間や休憩中を利用します。

これは頭をあまり切り替える必要なくなるかな?と思って試してみましたが、元々あまりイヤホンで音楽を聞かない僕には不向きでした。

移動中は良いとしても、休憩中に音楽を聞いていても同僚とかの会話が気になってイヤホンを外しちゃうんです。

なので一定の効果があった①で行くことに。

音楽の作り方が前回のニューヨーク旅行で変わった

僕は音楽を独学でやっていましたが、前回ニューヨークに大学の先輩であるコサカイさんとアキヒサさんと一緒に旅行したことで多くを学びました。

音楽制作の最前線と、どれくらいのクオリティが必要かが分かったんです。

僕は元々はテレビで流れるフィリー・ソウルや、それに近いテイストのポップスを好んでました。

そのため、インスピレーションからメインとなる部分(サビだったりイントロだったり)を先に作って、その周辺部分を後付で加えて全体を作っていくような流れだったんです。

ですが、売り込みたいレーベルはダンスミュージックをDJやリスナーに提供しています。

ということは、クラブシーンで受ける楽曲にする必要があるわけです。

DJに需要がある曲というのは、ほぼ全てに共通することとして、イントロに長いリズム部分があり、メインの部分に至る動線で徐々に盛り上がっていく必要があります。

そして、更にその次に繋ぐ曲の準備や繋ぎやすさを考慮した時間配分や展開があること。

こういう全体構成をあらかじめ考えた上で、どんなテイストにしていくかを考えていくという。

つまりダンスミュージックの作曲って、設計に近いんです。

ポップスを作る場合でも、

イントロ・Aメロ・Bメロ・サビ・Bメロ・サビ・展開・サビ・サビ・エンディング

といったある程度のパターンがあります。

ダンスミュージックの場合、この辺の構成をより厳密に細かくルールづくりしてから作る感じですね。

曲作りは設計が大事

ダンスミュージックの曲作りでは、最初に全体構成を決めてから作り始めるのが大事なんです。

これは自分で気づいたんですが、ギターで作曲してた僕にとって中々慣れない作業でした。

まずギターでコード展開を考えるところから始めたくなるんです。

最初にコード進行やメロディを作ってしまうと、それを入れ込むための構成を考えることになってしまいます。

僕の場合、この方法だとうまくいきませんでした。

時間がかかりすぎるんです。

全体が出来る前に、ディテールが気になって、作業が進みません。

だから、最初に全体構成を考えてから、徐々に細かい部分を作る方が良いですね。

ようするに、設計が大事だということです。

話がズレますが、僕は音楽活動が落ち着いたあと、建築設計の道へ進むんです。

建築設計の現場で学んだ考え方を踏まえて曲作りを振り返ると、先に全体を決めてからディテールを作るということの大切さを痛感します。

建築でもっとも重要なことは全体の資金計画です。

それによって予算が分かり、予算内実現可能な建築計画を提案するんです。

建築計画内においても、まずは構造と全体面積を決めて、動線(つまり間取り)を決めて、内部と外部の仕上げや材料を決めていくという。

全体像を作って、徐々に細かな部分を決めていく、という設計的な作り方が、ダンスミュージックの曲作りには重要だということですね。

音楽をディテールまで作って仕上げる

さて、ダンスミュージックを作る僕は、なんとか全体的な部分を作りました。

ここから細かな部分に入っていきます。

ダンスミュージックにも色々あり、僕が作るのは「ハウス」というジャンルになります。

ハウスを作る主な手法は、古いレコードなどからキーとなる部分をサンプリング(録音)し、編集して自分の曲に仕上げるんです。

僕はノーマンハリスの「In Search of Peace of Mind」という曲の一部をサンプリングして、まったく別の曲に仕上げました。

曲名もサンプル元から一部を拝借して「Searchin’」と名付けたんです。

厳密には他のレコードからもサンプリングしましたが、リズムトラックや単発のドラムの音なので、原曲はまったくわからなくなるため申告なしです。

また、手法として自分が仕上げた曲をさらにサンプリングしてフィルターエフェクトを掛けて再利用したり、出来上がった曲全体にコンプレッションエフェクトをかけてみたりしました。

もう、もう一度やろうとしてもできないような複雑な工程で会心の一曲が仕上がったんです。

これならコサカイさんに聞かせても恥ずかしくないのでは?

自分の中でワナワナとした期待感が膨らむのが分かりました。

ニューヨーク再び!

2度めのニューヨーク行きが決まったのは、曲が仕上がるよりも数ヶ月前のこと。

実は出発の前日の夜までかかったんです。

そしてその曲を出来るだけたくさんのDJにくばるため、夜通しで出発の朝までかけてCD-Rに焼きました。

20枚くらい焼いたでしょうか。

それらをカバンに詰めて、成田空港へ向けて出発。

空港でコサカイさんと合流しました。

今回は僕とコサカイさんの二人だけです。

見送りにコサカイさんの友人で僕の先輩・イノウエさんの姿も。

飛行機を待つ間、コサカイさんの曲を聞かせてもらったり、僕のSearchin’を聞いてもらったりしました。

コサカイさんの曲は既にリリースされるのを待つような雰囲気があって、この旅も確実に成功するだろうという予感がしています。

そして僕の「Search’」を聞いたコサカイさんの反応は・・・?

次回、怒涛の最終話へ続きます。

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